車載カメラ
目撃者なし
兵庫県伊丹市某所
昨年の冬、気温0度以下の凍えるような夜。仕事で遅くなった帰り道。伊丹市某所の工場街横の抜け道にてその事件は起こりました。
一人車中で鼻歌交じりに家路を急いでいると、視界に絶対あり得ない光景・・・。
道路に人間が頭から刺さっている・・ような・・んっ?そんなわけないよね・・。暗くてよく見えないなぁ・・・。怖いけど近づいて車を止めると・・・。「ギャァァァ刺さってる!」「道路に人が!」
あたりを見回しても誰もいない。工場の街灯がぼんやりあたりを照らしているだけで、ほとんど無音。気が付くとコートとマフラーをぐるぐる巻き巻きして車外へ出て状況を確認しながら、左手で救急車と警察に電話していた。
すると・・・。こんな時間に30代と見受けられるサラリーマン風の男性が自転車でこちらに一直線で向かってくるではありませんか。一人心細くしていた私に、一筋の光が!喜んでいたのもつかの間(約10秒)状況に気付いたそのサラリーマンは、不信の目をこちらに向けてきたのです。
オオオオオッと、そうなるよね。そうなることはわかるけど。「違う」と言ってもたぶん意味がない。
仕方ない、警察が到着すればわかるだろうと待つこと十数分以上。その間真冬の寒空の下、男二人で会話もなく辛かったことだけはものすごく覚えている。
正直、目の前の人間が生きているのか死んでいるのかすらわからない。
声をかけても返事がない。あたり一面ものすごいお酒の匂い。しかもアスファルトに顔がめり込んで顔面一点で支えた(いや違う、両腕と顔面の3点)逆立ち?エビ反り?している状況だから当の本人はしゃべれない。
動かしていいものか。何時からこんな状況なのか。するとその時携帯電話が、寒空の下大きな音で鳴り響いたのです。
【こちら○○警察・・・・】
遅いよ。早く来てください。【向かっております。詳しい住所わかりますか、現場の近くに目印になる看板などはないですか】と言われ、あたりを見回しても○○駐車場と書かれた看板しかありません。
電柱の上の方には所在を示すプレート・・・ん?白い字が消えている、仕事柄不動産のチラシを各住戸に配布しているときなんかは、今いる自分の位置を何気に確認したりするときはちゃんと字が読めるのに!
【いや・・・字が消えている時もあるなぁ】【外した形跡のある家なんかもあったなぁ】【なんで何にもないんだい!】【道路、歩道、電柱しか視界にないなんて!】イライラしていました。それも震えながら。足踏みしながら。南極や北極で話したらこんな感じなんだろうなと思いながら。傍らではサラリーマンがじっと私を見つめたままです。
憶測ですがGPSで私の居場所を確認したのではないでしょうか。しばらくして待ちに待った警察車輛が一台現場に到着。3人の制服警官が慣れた感じであたりを見回す。そこへ救急車も到着。あたりは一偏して騒然な感じ。
【第一発見者はどちらですか】私です。と答えるや否や【通報ありがとうございます】との一声。向こうの方では救急隊員と警察官でなにやら対応手順の打ち合わせを行ている様子。これで帰れるなぁ。良かった良かった・・・。とはいかない。
そこへもう一台の警察車輛が到着。今度は2人の警官が現れた。今度は【第一発見者は・・・】とは聞かない。
いきなり【あの車はどちらさんの車?】と聞いてきて、懐中電灯で車を照らし始める。車に近づき調査開始!っておいおい。わかるよ、わかる。仕事だからするよねぇ。立場が逆なら私も同じことをする。するけど・・・。
今そっちの立場じゃないし・・・。警察官の目つきが怖い。たぶん普通の目つきなんだろうけど、話し方もサービス業者じゃないから過剰な丁寧さはない。
寒さで震えているんだろうが、私の心の中は猛吹雪。視界ゼロのホワイトアウト。
車のチェックがやたらと長い。超長い。何周もぐるぐる見ては立ち止まり指差しする。急いで車を降りていたため、ヘッドライトがこの寒空のはるか彼方をむなしく照らしている。
【今日、家に帰ることできるのだろうか】としょんぼり思っていたら第二発見者のサラリーマンへの事情聴取がおわって【あなたは帰っていいですよ】と言われているのが耳に入ってきた。
【いいなぁ、お風呂入るんだろうなぁ。その後あったかいコーヒー飲んで今日のことを思い出しながら、布団に潜り込んでスヤスヤ深い眠りにつくんだろうなぁ。】
幼少のころから【一番になりなさい、二番以下はビリと同じ!】と親から教え込まれていたのを思い出す。しかし、この時ほど二番がいい!二番最高!目指すは二番!二番素敵!国会議員の【二番じゃダメなんですか?】まで思い出す。
妄想にふけっている間に、うらやましい対象ナンバーワンの第二目撃者のサラリーマンは【いや、邪魔にならなければお手伝いできることもあると思いますので、暫くここに居ます】と警官に伝え終わっていた。【寒いですから、お家に戻られたら・・・、ご家族の方も帰りが遅いと心配されていると思いますよ】と第一発見者。【その時は帰ります】と第二発見者。
警察による現場検証が始まりだした。そのころ、救急隊員による迅速な対応でエビ反りの男性は救急車の中に担ぎ込まれていた。【意識はありますがもうろうとしており、ろれつが回らない様子】【かなり泥酔している】との会話が断片的に聞こえてくる。
【よかったぁ、生きていたんだ。】現場には額から流れ出した多量の血痕が私たちに痛々しさを感じさせた。その血痕も時間の経過とともに、寒さでゼリー状になっているのか、白血球や血小板でゼリー状になっているのかは定かでない。
【第一発見者の方!】いきなり呼ばれた。なになに?完全に私の代名詞【第一発見者】はいっ!なんでしょう!身分証明書の提示から始まり【現場に到着された時の状況を、詳しく聞かせてください】【倒れていた男性のほかには誰かいましたか】【どっち向きに倒れていましたか】【えとせとらえとせとら】
ん?質問内容は多いにしても、【接触しましたか】とか、もっとストレートに【轢きましたか?】とは聞いてこないんだ。
すべての質問に答えて、警察官はすべて手帳にメモを取る。これで終わりかぁ。長い夜だったなぁ。と安心したのも、またまたつかの間。
最後の質問が、テレビドラマでも見ているのかと思う程、強烈なインパクトと同時に、一瞬にして寒さを吹き飛ばし、疲れを吹き飛ばし、まるで宇宙空間に放り出されたような感覚になったのです。
【それを証明できる人はいますか】
いるわけない。どこにもいない。誰一人いない。世界中探したっていない。
あー、完全に疑われている。なんでこんなことになるんだ。頭はぐるぐるフル回転×3倍速
【防犯カメラに写っていたりしないでしょうか】たしか以前、不動産の契約が不調に終わって落ち込んでいた時に、昼ご飯も食べてなかったので近所のラーメン屋さんで軽く済まそうと入った超旨いラーメン屋さんを思い出した。
厨房の上の棚に脂ぎったアンテナが2本ついている赤いテレビでアールのついたガラス面に写っていたニュースで、伊丹市は防犯カメラの設置に力を入れているとのネタのことを思い出す。
ところが警官は【いないんですね】との回答。あー。あー。あー。なんかヤダ。
しかし、車には当然外傷もなく、身の潔白を伝えたい。そして【あー、心配しなくても大丈夫ですよ。あなたでないことはわかっていますよ】的な【そう今は的なで十分だ】回答を何とか得ようと、今度の頭はぐるぐるフル回転×10倍速
しかし、回転しすぎてオーバーヒート。
すると、脇に構えていた第二発見者が私に向かって放ったのである。
【【【会心の一撃!】】】【【【キラーパス!】】】を。
私は絶対に忘れません!ありがとう!心から第二発見者を様付けでお呼びさせて頂きたいと思いました。
それがこれ「車載カメラに映ってるんじゃないですか ないですか ないですかーーー」
キタぁーーー!ナイスッ!ナイスナイスナイスナイスナイスナイィィィィィィス!!!!
ようやく落ち着きを取り戻した時に、救急車が搬送先を見つけて出発していた。
しかし、冒頭に記載したように、私は一人車中で鼻歌を歌っていたのである。
ここで訂正する。鼻歌ではない。大きな声で、【BIG BEAT】【GET UP】【DON'T WANNA STOP】を熱唱していたのだった。誠に恥ずかしい思いをした。
しかし、この夜のことは忘れない。警察官の方々、救急隊員の方々の日々の活躍があってみんなの安全で安心した暮らしを支えてくれていることに感謝したい。そして、第二発見者様、本当にありがとうございました。
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