世界遺産 平泉
中尊寺
〒029-4102 岩手県西磐井郡平泉町平泉字花立44番地内
残念ながら、建物内での撮影はできませんでしたが、金色に輝く仏像をはじめ、柱・梁・壁面の至る所に施された彫刻や装飾等に目を奪われつつも、静かで荘厳な雰囲気に包まれ、やがて気持ちが大人しくなっていくように感じます。
散策ガイドマップより
中尊寺本堂前です。
ここ中尊寺は比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁によって開かれたとあります。その後、奥州藤原氏初代清衡によって大規模な造営が行われたそうです。
清衡公の中尊寺建立の趣旨は、11世紀後半に東北地方で続いた戦乱(前九年・後三年合戦)で亡くなった生きとし生けるものの霊を敵味方の別なく慰め、「みちのく」といわれ辺境とされた東北地方に、仏国土(仏の教えによる平和な理想社会)を建設する、というものだったそうです。
「夏草や 兵どもが 夢の跡」
「五月雨の 降残してや 光堂」
ここまでの道のりは、まあまあ急こう配の坂が続きます。途中、こんなところもありました。息が切れて、足に乳酸がたまり動きが鈍っているのが情けない。先人に笑われないよう精進しないと。
平泉は約100年近く反映し、みちのくは戦争のない「平泉の世紀」だったそうです。しかしながら、平氏政権を倒した源義経が、兄頼朝と対立し平泉に落ち延びたのもつかの間、義経をかくまった秀衡公が病死してしまいます。
4代目泰衡公は頼朝の圧力に耐えられず義経は自害に追いやられます。その泰衡公も頼朝に攻め込まれ奥州藤原氏は滅亡してしまうのです。
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